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第四話:再会、そして別れの予感

 イチローは感じ取った。子宮内を満たしていたぬるりとした鼓動、その波の質が変化している。まるで出口に導かれるかのように壁がやんわりと押し出してくるのだ。

(ここが……卵管の入口……!)

 その場所は狭かった。信じられないほど細く、ねっとりと収縮を繰り返す通路。精子の身体すらすんなり通れないような、粘膜の蛇口のような門構造が立ちはだかっていた。

「狭っ……!」

 イチローは身体を捻じ込みながらゆっくりとその口へ近づいていく。だが、流れは逆だった。子宮から流れ出る体液の波に全身を押し返されそうになる。

(逆流……か。そりゃそうだよな、ここを通れるのは……)

 周囲を見渡すともはや他の精子たちの姿はほとんどなかった。かつては数千万いた仲間が今や十もいない。粘膜に沈むように散った彼らの残滓が静かに揺れている。

(こんなに……減ってたのか)

 心の奥に重みが広がった。誰もが命を懸けてここまで来ようとした。だが、たどり着けたのはほんの一握り──いや、もう一つまみすらない。

 そのときだった。ぐる、と音がした。壁が蠢く。いや、違う。粘膜の収縮じゃない。誰かがこっちに近づいてくる音だった。

「来るか……!」

 もしや、まだ敵がいるのか。免疫細胞の追撃か。しかし、その粘液の隙間から現れたのは──

「おーっす。やっぱお前来てたかぁ〜♪」

 その声にイチローは思わず笑った。

「サブロー!」

 少し傷だらけで、粘液にまみれながらもあの軽いノリは変わらない。

「いや、マジで迷ったわ〜。てか、合流できてなかったらオレもう諦めてた」

 そして、もう一体。

「……この流れにあえて逆らってくるとはな。バカ共でもたどり着けるのか」

 ジローが現れた。冷静な目の奥にほんの少し驚きの色を乗せて。

「なんだよ、全員そろっちまったな」
「……生き残ったのは俺たちだけだ」

 三人の精子が狭門の前に並んだ。その先には最後の選抜が待っていた。

「……なあ、これ……通れるのか?」

 サブローの声が珍しく真面目だった。目の前に広がるのは粘液の門。ぬるぬると蠢くその隙間は、まるで生きた肉のリング。わずか数ミクロンの幅が律動するように収縮と解放を繰り返している。

「……門というより、搾り器だな」

 ジローが粘膜の動きに視線を向けながら分析する。

「この圧と粘度……通過は物理的に不可能に近い。加えてこの流れ……逆流だ。完全に拒絶の流れだな」

 実際、通ろうとした他の精子が一体、押し戻された拍子に流れの逆圧で壁に叩きつけられ、液体の泡となって消えた。

「う……おいおい、今の見たかよ……」

 誰もが気づいていた。ここを越えられるのは、ごくわずか。おそらくはほんの数体。
 だが、それだけではなかった。ぬるり、と門の粘膜が引きつった。

「……いるな」

 ジローの目が細まった。粘液の奥から白く硬質な芯のようなものがせり出してくる。それは、以前までのマクロファージとはまったく異なる存在感──

「ナチュラルキラー型……免疫兵の最終防衛ラインだ」

ぬる、ぐにゅっ

 白い繊維質の外殻に包まれたそれは、脈動と共に腕を広げるように粘液を操る。狙うのは流れに逆らう者だ。

「……つまり、行こうとする意思を狙ってくる」

(それでも、行かなきゃ……!)

 緊張が三人を包んだ。

「オレ、囮やるわ」

 突然、サブローが口を開いた。

「は?」

 ジローが怪訝な顔をする。

「動きが早いやつにはこっちのノリが効くって。オレ、陽動しながらグネグネかき回す。ジローはルートを探って、イチローは……突破してくれ」

 その笑顔はいつもより少しだけ真剣だった。

「……任せろ」

 イチローは頷いた。

「非効率だが……それが最適解だ」

 ジローが静かに分析を受け入れる。
 門の前に風が生まれる。粘液が渦を巻き、免疫兵が粘質の腕を構えた。

「──行くぞ!」

 三人は同時に、最終門へと突入した。

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