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第四話:再会、そして別れの予感

 粘液が渦を巻く。風のように波のように。いや、もはや嵐のようだった。
 最終関門。それは免疫の王とでも呼ぶべき、ナチュラルキラー型の巨大免疫兵が守っていた。白く硬質な外皮、無機質な目のような凹凸。そして、その両腕からは粘液の刃が螺旋状に伸びる。

「うおおおおおっしゃああ!!派手にいくぜええぇぇっ!」

 サブローが突っ込んだ。回転するように粘液の壁を蹴り、くるくると宙を舞う。

「はいはーい!こっち見ろ、粘液タコ野郎ぉっ!」

 煽る声と共に閃光のように跳ね回る。白い刃がうなりを上げて振り下ろされ、サブローはすれすれで回避。壁を蹴ってジグザグに動き、軌道を乱し続ける。

「次の波、三秒周期だ……イチロー、そこを狙え!」

 ジローが叫んだ。彼の目はすでに免疫兵の動作パターンを読み切っていた。粘液の流れ、収縮、敵の可動域、全て計算に入っている。

「わかったっ!」
(サブローが引きつけてる。ジローが隙を見てくれてる。だったら、俺は──!)

 力を込めて、粘膜を蹴る。

「うおおおおおおおっ!!」

 粘液の逆流を正面から突き破る。圧力が全身にまとわりつき、体が引き裂かれそうになる。ぐるん、と粘膜がうねった瞬間──

「今だッ!!」

 ジローが声を上げる。イチローは一気に加速した。サブローの陽動がギリギリまで続く中、敵の視界がずれた一瞬──

ずぴゅぅぅんッ!

 白い刃が空を切る。免疫兵の中心をイチローがすり抜けた。

「通ったっ……!!」

 粘液の渦が砕け散る。免疫兵がぶるぶると震え、やがて静かに崩れ落ちた。残されたのはわずかな粘液の泡。サブローは最後のステップで回避し、ふらふらと戻ってきた。

「っつぁ……やばかった……マジで……死ぬかと思ったぜぇ……」

 ジローが無言でうなずき、イチローは両手を握りしめた。

「ありがとう……二人がいなきゃ、絶対無理だった」

 そこには確かな連携があった。誰も諦めなかったから、誰も欠けなかったから、この突破は成功したのだ。
 その先、粘液の門がひとつがぬるりと開いていた。静かだ。あれほど粘液がうねり、免疫細胞が渦巻いていた子宮の荒波が嘘のように穏やかだった。ぬるりと温かく、ゆっくりと鼓動する空間、卵管。粘膜の壁には柔らかな絨毯のようなひだが広がり、奥からほんのりと甘い匂いが漂ってくる。

「……ここが、卵管……」
「ようやく、来たんだな……」

 サブローもさすがに口調が静かだった。ふざけるようなテンションも抜け落ち、ただ、生き延びたことの余韻が心に残っていた。

「しかし……」

 ジローの視線が通路の先に向けられる。そこには一つの門があった。まるで聖域の扉のように粘膜が重なり合い、規則的に開閉している。その奥に確かに何かがある──圧倒的な存在。見えはしないが、感じる。そこに、目的があることを。
 その瞬間だった。どこからともなく声が響いた。

「ここより先へ進めるのは、一人のみ」
「……えっ」
「受精可能な卵子は、一つのみ。最初に辿り着いた精子のみが、その内側に入ることを許される」

 声でも音でもない。それは、生体のルールが直接彼らの意識に焼き込まれるような冷徹な宣告だった。

「……一人だけ、だと……?」
「そんな……それってつまり……」

 イチローは拳を握った。

(ここまで三人で来たんだ……だけど、この先は……一人?)

 沈黙が落ちる。ぬるり、と扉の奥から気配が流れ込んでくる。柔らかくて、温かくて、甘い。それでいて底知れない拒絶と選別の意志を感じさせる。

「……ははっ。最後の最後でそーくるか」
「情に流されるな。これは生存競争だ」
「……でも、それでも」

 イチローが前を向いた。

「オレは進む。全力で、最後まで──それが、ここまで生きてきた意味だ!」

 三体の視線が再び重なる。そこには、友情も、競争も、祈りも全部あった。そして、決戦の幕が開く。

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