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第三話:分かたれし者たち

 ジローは流れを選んだ。ごく微細な温度差と濃度の変化──それは、確かにどこかへ繋がるルートのサインだった。

(体液の流動と化学物質の濃淡……方向性がある。これは排卵期特有のナビゲーション反応だ)

 彼は他の精子たちと違って、ただ本能に従って動くわけではない。感覚を情報に変え、情報を戦略に落とし込む。それがジローの武器だった。

(ここは動脈のように流れている……ただの道じゃない。きっと運搬路だ)

 背後からぬるっ、と白い粘性の触手がのびる。先端が二又に割れ、狙い澄ましたようにこちらへ迫ってきていた。

「チッ……まだ追ってくるか」

 ジローは一瞬、通路の奥に反応を読み取った。壁のくぼみ、その奥へぬるりと滑り込む。直後、触手が通過し、ぬるぬると蠢く残滓だけを残して去った。

(完全にこちらの存在を把握してる……いや、むしろ感じ取ってるといった方が正しいか)

 まるで知性を持っているかのように迫る粘液兵。だが、ジローは微かに口元を緩めた。

(これで確信した。今の動きは体内圧の変化と連動していた。つまり、次の収縮は──)

 壁がぐぐぐと迫り、今度は天井が落ちかけるように粘膜が盛り上がった。ジローは即座に反転し、粘液のうねりに逆らうように上昇する。
 通路がねじれ、幾層にも分かれているのが見えた。三つに枝分かれしたルートの一つ、最も流れが強い方へと飛び込む。

(ここが上行性の道……卵管への接続だ。おそらく間違いない)

 その瞬間。

ばちん!

 粘膜の一部が収縮し、ジローの後ろを通っていた精子が一体呑み込まれた。

「……っ!」

 流れの中に消えたその姿に、一瞬だけジローの目が揺れる。

(非効率な動きだったな……だが、あいつが囮になってくれて助かった)

 唇を噛むようにして再び進む。

(無駄を切り捨てた先に、本当に正解があるのか──)

 だが、後悔はしない。合理性こそが自分の信じる道だ。だから、ジローは前を向く。前進。冷徹な判断と揺れ始めた何かを抱えながら。

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